一粒が万倍になる島
今週は宮古島の10人の個性的な仕事人のリレー日記「一粒万倍島」の当番。
〆切があると書くのは、悲しい性。
まとめて、出来事や心象風景を毎日綴っているので、
よろしかったらご覧下さい。
コメント交換は当ハーブベラブログでやりましょう。
→一粒万倍島
→放課後子ども教室も同様です。

〆切があると書くのは、悲しい性。
まとめて、出来事や心象風景を毎日綴っているので、
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Posted by ちかさん at
◆2012年01月25日00:45
│ハーブ畑
2012年!

一ヶ月ぶりのブログとなった。
毎日毎日だった。
2011年は深い節目。
年末の12月25日から28日、上京し、
療養中の兄・母・父を見舞って、娘二人と会い、
交流し、心に決めた事があった。
帰ってきて、
島でお客様をお迎えし、
大晦日浜川さんと悠と自然の神様に1年間の御礼をし、
正月を迎えた頃、
自分が今以上に変わっていた。
一言で言えば、コミットするという事!
うまい料理を作る
片付けをする
ローゼル紙漉きをする
ハーブを採りペーストを作る
ジャガイモの土寄せをする
家族で小さな旅をする
料理人と出会う
友人に弔電を送る
父が入院、母・妹・娘と交信をする
兄に鍋底の映像を送る
白い渡口の浜をしっかり走る
中江兆民を知る
きび狩り志望の方を迎える
Posted by ちかさん at
◆2012年01月09日22:48
74 ローゼル狩り・ジュース・ジャム作り
第74回 伊良部探検隊 第25回伊良部小放課後子ども教室と合同活動(7回目)
2011年12月2日(金) 参加16名(子ども12名 おとな4名)
下地島体験交流施設 ローゼル狩り・ジュース・ジャム作り
記録は宮古島市放課後子ども教室

昨年のローゼルは、開花前のつぼみの時機の10月末に台風14号がきて、3割の収穫だった。
今年のローゼルも、芽が伸びてきた時機の5月末に台風2号の洗礼を受け、覚悟したが、
その後の襲来はなく、ローゼル栽培を始めて10年一番の豊作となった。
下地島体験交流施設に圃場を移した1年目であり、加工も、体験もやりやすくなり、
この日もその恵みが最大限にいかされた。

体験交流施設の加工室で作ったローゼルジャムを、子ども達は、むさぼるように食べた。
ローゼルはアフリカでもビサップと呼ばれ、子ども達の最高のおやつとされていると聴いたが、
あの甘酸っぱさは、いかにも体によく、心地よいうまさだ!
やがて黒くなる種をいって、つぶして、熱湯をかけると、
おだやかなローゼルコーヒーが楽しめる。からだがぽかぽかしてくる!
持ち帰ったローゼルを食した後、種をとっておいて、4月にまいたらいい。
今まで積み重ねてきた自然探訪とハーブ栽培加工の愉しみ・恵みを、
次世代の子どもたちとも共有できる事。
これは希望だ!
今、島がさらに深まり、オール伊良部で連携し、来島の方とも恵みを共有する、
次のステップに来た!
2011年12月2日(金) 参加16名(子ども12名 おとな4名)
下地島体験交流施設 ローゼル狩り・ジュース・ジャム作り
記録は宮古島市放課後子ども教室

昨年のローゼルは、開花前のつぼみの時機の10月末に台風14号がきて、3割の収穫だった。
今年のローゼルも、芽が伸びてきた時機の5月末に台風2号の洗礼を受け、覚悟したが、
その後の襲来はなく、ローゼル栽培を始めて10年一番の豊作となった。
下地島体験交流施設に圃場を移した1年目であり、加工も、体験もやりやすくなり、
この日もその恵みが最大限にいかされた。

体験交流施設の加工室で作ったローゼルジャムを、子ども達は、むさぼるように食べた。
ローゼルはアフリカでもビサップと呼ばれ、子ども達の最高のおやつとされていると聴いたが、
あの甘酸っぱさは、いかにも体によく、心地よいうまさだ!
やがて黒くなる種をいって、つぶして、熱湯をかけると、
おだやかなローゼルコーヒーが楽しめる。からだがぽかぽかしてくる!
持ち帰ったローゼルを食した後、種をとっておいて、4月にまいたらいい。
今まで積み重ねてきた自然探訪とハーブ栽培加工の愉しみ・恵みを、
次世代の子どもたちとも共有できる事。
これは希望だ!
今、島がさらに深まり、オール伊良部で連携し、来島の方とも恵みを共有する、
次のステップに来た!
Posted by ちかさん at
◆2011年12月07日04:53
│いらぶ探検隊
73 下地島東 七池めぐり
第73回 伊良部探検隊 第22回伊良部小放課後子ども教室と合同活動(6回目)
2011年11月18日(金) 参加21名(子ども15名 おとな6名)
下地島東入江沿い体験交流施設周辺七池めぐり
記録は宮古島市放課後子ども教室

2年前の探検隊第41回2009年3月26日及び第50回2009年12月27日で、
探索・探訪した七池を子ども達とまわった。
小学校から3台の車に分乗し、約3分、体験交流施設に到着。
そこから、「第一の池に行くぞー!」で始まって、第六の池まで歩いてまわった!
早く行きたくて、走る子もいた!
一池一池が個性的で楽しかった。
道行を共にする子どももおとなもかわいかった。
第五の浮き田は、草木が生い茂り見渡せなかった。
第50回の報告の表題は「浮田現わる!」になっている。
第六の水の池は、やはり美しかった!↑上の写真
第七の大湿原は、道路からのはいり口が塞がっていたが、勘でひらけた。
水につかった倒木に登ってやっと見渡せた。
最後に苦労させたが、これが探検だ!
みんなで手締めた!
終了が5時をまわり、おとなが子どもを各家まで送った!
あー、楽しかったね!
2011年11月18日(金) 参加21名(子ども15名 おとな6名)
下地島東入江沿い体験交流施設周辺七池めぐり
記録は宮古島市放課後子ども教室

2年前の探検隊第41回2009年3月26日及び第50回2009年12月27日で、
探索・探訪した七池を子ども達とまわった。
小学校から3台の車に分乗し、約3分、体験交流施設に到着。
そこから、「第一の池に行くぞー!」で始まって、第六の池まで歩いてまわった!
早く行きたくて、走る子もいた!
一池一池が個性的で楽しかった。
道行を共にする子どももおとなもかわいかった。
第五の浮き田は、草木が生い茂り見渡せなかった。
第50回の報告の表題は「浮田現わる!」になっている。
第六の水の池は、やはり美しかった!↑上の写真
第七の大湿原は、道路からのはいり口が塞がっていたが、勘でひらけた。
水につかった倒木に登ってやっと見渡せた。
最後に苦労させたが、これが探検だ!
みんなで手締めた!
終了が5時をまわり、おとなが子どもを各家まで送った!
あー、楽しかったね!
Posted by ちかさん at
◆2011年12月07日04:03
│いらぶ探検隊
72 子どもと行く!牧山洞窟と井戸
第72回 伊良部探検隊 第18回伊良部小放課後子ども教室と合同活動(5回目)
2011年10月24日(月) 参加12名(子ども6名 おとな6名)
牧ガー牧ブー探訪+牧山洞窟群探訪
記録は宮古島市放課後子ども教室
探検隊活動に子どもが加わって、「21世紀の共生」感が増している!
2011年10月24日(月) 参加12名(子ども6名 おとな6名)
牧ガー牧ブー探訪+牧山洞窟群探訪
記録は宮古島市放課後子ども教室
探検隊活動に子どもが加わって、「21世紀の共生」感が増している!
Posted by ちかさん at
◆2011年10月26日03:25
│いらぶ探検隊
71 カツ体験・漂着物体験・追記
第71回伊良部探検隊 2011年10月1日(土)・2日(日)
下地島カツ体験・漂着物体験
カツとは、島の伝統漁の石積みの垣。
カツをテーマにした、沖縄大学移動市民大学の座学と野外活動があり、
探検隊として参加させていただいた。
伊良部小放課後子ども教室の活動としても10月1日午後、実体験を共にした。探検隊と子ども教室は合同活動は5回目である。
子ども教室報告をご覧いただきたい。
沖大のゲッチョこと盛口満先生は海浜漂着物の面白さに、皆の目を開かせてくれた。
現在1基残る文化財のカツを守り続けてこられた長浜トヨさん・恵さんには
たくさんの体験と知恵を伺った。
カツを南の手80m・北の手300mみなで歩いた。
小学生の女の子をホローして歩き続けてくれた沖大生の優しさが心に残る。
伊良部高校生物部の7名のメンバーの島の生物の実態調査報告も、堅実なものであり、
希望がもてた。
大学生・高校生・小学生・島の人・沖大地域研究所・奄美大島のガイドの方・・・
世代を越えたいい交流が、報告会・カツ体験・交流会・島探訪・トヨさんのお話会
を通してできた。
10月2日のカツの修繕。⇒
前日の干潮潮位71cmから、さらに85cmに上がり、
風も強く、
カツは完全に水没。
困難の中、大人・大学生・高校生でカツの修復を行った。
水中眼鏡が必要だった。
次回は、潮位30cm以下の大潮のカツが完全にあらわれた時に、長浜さんにリードしていただいて、修繕と漁の体験をしたい。
昔の佐和田カタバルのカツ漁の豊かさは、トヨさんの魅力的な語り口からも伺え、
佐度山正吉氏の論文「イノーの民俗」(宮古研究第8号)にも詳しい。
1日の東京農大の中西先生の報告は、マングローブや珊瑚礁の豊かな漁場を支える働き、
地下水汚染・護岸工事による海と陸の寸断の悪影響の科学的根拠についてだった。
以前ほどの豊漁がなくなったのは、上記に加え、1969年着工1974年完成の下地島空港建設のための埋め立てによる影響は大である。十基以上のカツが消滅している。
次世代に少しでも豊かな里海を残すための保全の取り組みの時期である。
70回を越えた探検隊でも通り過ぎてきたカツや漂着物の存在を、
再発見させてくださった沖大地域研究所に感謝したい。
続きを読む
Posted by ちかさん at
◆2011年10月10日11:51
│いらぶ探検隊
地球を観じる・ミツバチの羽音・・・
「地球を観じる」という題のコラムが新聞に掲載された9月22日、
宮古島で一日だけ上映された映画「ミツバチの羽音と地球の回転」を観た。
共生の世紀への打開策が観えた!衝撃的なドキュメンタリーだった!
まずは、コラムから・・・
「宮古毎日新聞コラム・ゆみメール⑰(2011・9・22掲載)
地球を観じる 近角敏通
アブ(竪穴洞窟)の底に立ち、見上げると、宙をまっすぐガジュマルの気根が下り立ち、半円筒状の琉球石灰岩の層が高くそびえ、地上の緑・天の光が美しく望まれる。ジオ(地形地質)パーク構想を提唱される安谷屋昭先生がここは50万年前来の地層とされた。アブ群の最深の深さ・石灰層50mを仮に50万年で割り、年月を地層の深さで表す。人生100年は地層の1cm、西暦の2000年は地層の20cm。この地で悠久の時の流れ・地球の原初の姿が観じられる所以である。アブ群には、25000年前の人骨が発見された直下の竪穴もあれば、戦跡もあり、大量の投棄ゴミの現場もある。夏休みは伊良部小の先生方の研修の場ともなった。
数年前、底に立った時、国歌『君が代』の歌がからだの中に満ちた。昨年十二月に続いて、この九月、奥の洞窟ですっくと立つ三mの石筍(生成年月推定3万年)を見上げた時も、お連れした方たちが『君が代』を歌われた。『君が代』はかつての軍国主義を支えた歌と私もしてきた。しかし、そこでいう代も2000~3000年、ここの地層の20~30cmの事である。「・・・千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」はまさに、この地の姿だ。すると、「君」とは「地球」!さらにいえば、その地球に今生きあわせた「あなた」であり「私」でもあるのではないか。
地球を、地球につながる命を、今こそ、大切にしたい。廃棄物や戦禍や放射能でこれ以上傷ついてはならない。今、天と地をつなぐ雨が目にも見え、島中の力が秋植えに向っている。」
地球の営々たる営み
その恵みのもと民の営々たる営み
制御できない原子力の破壊力の危機の頂点(軍事・発電)
自然エネルギー(風力・太陽光・波力・地熱・・・)がこれほど大きな力があるとは!!
自然と人間
国と国
真の共生の世紀にする!
地球の営々たる営み
その恵みのもと民の営々たる営み
映画は「瀬戸内海の原発反対の民の営みとスウェーデンの自然エネルギーへの変換の町・国の営み」を映す。
(鎌仲ひとみ監督)
また、頁を改めて・・・
今日、放課後子ども教室 お話の会 「猫のお留守番」という、生干しの魚を分け合う紙芝居を読む予定だったが、映画の衝撃がいい意味で影響しそうだ。
皆さん、一歩一歩、希望を持って、歩んでいこう!
伊良部小放課後子ども教室
宮古島一粒万倍島
宮古島で一日だけ上映された映画「ミツバチの羽音と地球の回転」を観た。
共生の世紀への打開策が観えた!衝撃的なドキュメンタリーだった!
まずは、コラムから・・・
「宮古毎日新聞コラム・ゆみメール⑰(2011・9・22掲載)
地球を観じる 近角敏通
アブ(竪穴洞窟)の底に立ち、見上げると、宙をまっすぐガジュマルの気根が下り立ち、半円筒状の琉球石灰岩の層が高くそびえ、地上の緑・天の光が美しく望まれる。ジオ(地形地質)パーク構想を提唱される安谷屋昭先生がここは50万年前来の地層とされた。アブ群の最深の深さ・石灰層50mを仮に50万年で割り、年月を地層の深さで表す。人生100年は地層の1cm、西暦の2000年は地層の20cm。この地で悠久の時の流れ・地球の原初の姿が観じられる所以である。アブ群には、25000年前の人骨が発見された直下の竪穴もあれば、戦跡もあり、大量の投棄ゴミの現場もある。夏休みは伊良部小の先生方の研修の場ともなった。
数年前、底に立った時、国歌『君が代』の歌がからだの中に満ちた。昨年十二月に続いて、この九月、奥の洞窟ですっくと立つ三mの石筍(生成年月推定3万年)を見上げた時も、お連れした方たちが『君が代』を歌われた。『君が代』はかつての軍国主義を支えた歌と私もしてきた。しかし、そこでいう代も2000~3000年、ここの地層の20~30cmの事である。「・・・千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」はまさに、この地の姿だ。すると、「君」とは「地球」!さらにいえば、その地球に今生きあわせた「あなた」であり「私」でもあるのではないか。
地球を、地球につながる命を、今こそ、大切にしたい。廃棄物や戦禍や放射能でこれ以上傷ついてはならない。今、天と地をつなぐ雨が目にも見え、島中の力が秋植えに向っている。」
地球の営々たる営み
その恵みのもと民の営々たる営み
制御できない原子力の破壊力の危機の頂点(軍事・発電)
自然エネルギー(風力・太陽光・波力・地熱・・・)がこれほど大きな力があるとは!!
自然と人間
国と国
真の共生の世紀にする!
地球の営々たる営み
その恵みのもと民の営々たる営み
映画は「瀬戸内海の原発反対の民の営みとスウェーデンの自然エネルギーへの変換の町・国の営み」を映す。
(鎌仲ひとみ監督)
また、頁を改めて・・・
今日、放課後子ども教室 お話の会 「猫のお留守番」という、生干しの魚を分け合う紙芝居を読む予定だったが、映画の衝撃がいい意味で影響しそうだ。
皆さん、一歩一歩、希望を持って、歩んでいこう!
伊良部小放課後子ども教室
宮古島一粒万倍島
Posted by ちかさん at
◆2011年09月24日05:42
│新聞コラム等
70 文化財サバオキガー(井戸)のゴミを拾おう
第70回伊良部探検隊 2011年9月19日「文化財サバウツガー(井戸)のゴミを拾おう!」
伊良部小放課後子ども教室との共同企画4回目
参加 大人11名 子ども4名 20日 大人3名
ゴミ100袋
サバウツガーは、島の玄関口佐良浜漁港近くの井戸跡。
1720年から240年間使われてきた、
123段の階段下にある市の文化財。
5月末の台風2号による漂着ゴミに、井戸中及び周辺3箇所が埋もれていた。
メンバーの発案により、袋につめ、美化する事に!




強力な加勢隊6名も来てくれて、もう一箇所の美化と、
⇒


123段の階段運び上げの大部分を担ってくれた!
神様の御遣い!と思った。
翌日、市が軽トラで回収してくれた。


ほぼ完了! 清浄
翌20日 ガーの底の仕上げ


7年間の南米の旅帰りの方1名も加勢くださる!

ついに、井戸の水あらわる!
みなさん、ご苦労さま。
井戸の神様も喜ばれていると思う。
白鳥の潮吹き岩のコンクリート詰めも開いて、底の潮を拝みたい!
Posted by ちかさん at
◆2011年09月22日07:21
│いらぶ探検隊
69 牧山公園を歩く
第69回伊良部探検隊 2011年8月25日「牧山公園を歩こう!」
伊良部小放課後子ども教室との共同企画
3回目
参加 大人2名 子ども4名
牧山公園は高低差88mの亜熱帯樹林公園。
「心ある道」を、5月の台風の道ふさぎをひらきながら、2時間半歩いた。
道は歩く事で道になる!

洞窟や東屋で涼をいただく!
これも道歩きの愉しみだ。
大人は、仕事の関係で少なかったが、なんとかひらけた。
今度行く時は、子どもも増えると思う。
その時の縁の道行きである。
伊良部小放課後子ども教室
探検隊候補地として、佐良浜漁港近くのサバオキガー(井戸)周辺の
大量の漂着ゴミ美化があがっている。
「ゴミ拾いみんなでやればピッカピカ」(悠)
Posted by ちかさん at
◆2011年08月27日09:05
│いらぶ探検隊
68 渡口の浜早朝ゴミ拾い・ヨガ
第68回伊良部探検隊 2011年7月24日(日)朝6時~8時
渡口の浜早朝ゴミ拾い~ヨガ 大人9名+子ども4名
伊良部小放課後子ども教室との第2回合同活動

悠の作った標語「ゴミ拾いみんなでやればピッカピカ」
やっていて、その通りだと思う!
朝は、また、格別!
ウォーキングのアグ(同い年)も加わって、粛々!

子どもは時に砂と戯れ、
大人は木にからまるものまでとって、
かくして、500mが、よみがえった!

そして、郁恵さんリードのヨガ!

子どもの参加が少ないのが残念!
この浜は、地域の宝だ!
ここがその清浄をキープする事は歓びだ!
いつしか、体感してみてほしい!
渡口の浜早朝ゴミ拾い~ヨガ 大人9名+子ども4名
伊良部小放課後子ども教室との第2回合同活動

悠の作った標語「ゴミ拾いみんなでやればピッカピカ」
やっていて、その通りだと思う!
朝は、また、格別!
ウォーキングのアグ(同い年)も加わって、粛々!

子どもは時に砂と戯れ、
大人は木にからまるものまでとって、
かくして、500mが、よみがえった!

そして、郁恵さんリードのヨガ!

子どもの参加が少ないのが残念!
この浜は、地域の宝だ!
ここがその清浄をキープする事は歓びだ!
いつしか、体感してみてほしい!
Posted by ちかさん at
◆2011年07月29日23:21
│いらぶ探検隊
67 マングローブ群落で子どもと遊ぶ
第67回伊良部探検隊 2011年7月21日
「マングローブ群落で子どもと遊ぶ」大人8名+子ども7名 干潮潮位75cm
第4回伊良部小放課後子ども教室と合同活動



ヤエヤマヒルギの群落で・・・
裸足で歩き、
支柱根・胎生種子を観、
泥を塗り、
シオマネキを手に取り、
遊んだ。

7月から伊良部小放課後子ども教室(年40回)の担当になった。
探検隊との合同活動も増えてくると思う。
今回がその1回目。
マングローブの場は、子どもも大人も魅了した。
子ども教室の夏休みの予定である。
7月24日6時~8時は渡口の浜で、早朝ヨガとビーチクリーンを行う。
「マングローブ群落で子どもと遊ぶ」大人8名+子ども7名 干潮潮位75cm
第4回伊良部小放課後子ども教室と合同活動



ヤエヤマヒルギの群落で・・・
裸足で歩き、
支柱根・胎生種子を観、
泥を塗り、
シオマネキを手に取り、
遊んだ。

7月から伊良部小放課後子ども教室(年40回)の担当になった。探検隊との合同活動も増えてくると思う。
今回がその1回目。
マングローブの場は、子どもも大人も魅了した。
子ども教室の夏休みの予定である。
7月24日6時~8時は渡口の浜で、早朝ヨガとビーチクリーンを行う。
Posted by ちかさん at
◆2011年07月23日21:50
│いらぶ探検隊
放課後子ども教室始動!
伊良部小放課後子ども教室始動!
今年度の代表になった。
小学生との2時間を40回も過ごすことに・・・
第1回・2回目の出来事を、専用ブログに書いた。
宮古島市放課後子ども教室
カテゴリーから 他校の多彩な取り組みもみられる。
目標
「みんなでゲームやものつくりを楽しむ」
「島を知る」
「よく学びよく遊ぶ」
遊びにいらしてください!
アイディアもください!
コメントはこっちでもあっちでもいいです。
今年度の代表になった。
小学生との2時間を40回も過ごすことに・・・
第1回・2回目の出来事を、専用ブログに書いた。
宮古島市放課後子ども教室
カテゴリーから 他校の多彩な取り組みもみられる。
目標
「みんなでゲームやものつくりを楽しむ」
「島を知る」
「よく学びよく遊ぶ」
遊びにいらしてください!
アイディアもください!
コメントはこっちでもあっちでもいいです。
Posted by ちかさん at
◆2011年07月14日23:40
一粒万倍島
一粒の種が万倍になる島
「一粒万倍島」と言う、宮古島でいろいろな取り組み・仕事を
している10事業所の方々のリレーブログだ。
参加させていただいて、三巡目になる。
こちらのブログと違い、
2ヶ月に一回1週間の当番制なので、
締め切り感覚があって、
毎日書いた。
今の生活が凝縮している。
コメントはこちらのハーブベラのブログへ。
他の方の日記にも、カテゴリーから入れます。
多才!多様!発見があるはず!
一粒万倍島
「一粒万倍島」と言う、宮古島でいろいろな取り組み・仕事を
している10事業所の方々のリレーブログだ。
参加させていただいて、三巡目になる。
こちらのブログと違い、
2ヶ月に一回1週間の当番制なので、
締め切り感覚があって、
毎日書いた。
今の生活が凝縮している。
コメントはこちらのハーブベラのブログへ。
他の方の日記にも、カテゴリーから入れます。
多才!多様!発見があるはず!
一粒万倍島
Posted by ちかさん at
◆2011年07月14日23:23
東北南三陸町からの返信
宮古島パックをお送りした南三陸町の遠藤さんから返信が届いた。

「この度の大震災への支援 大変ありがとうございます。
遠く宮古島からの熱い想い 若林様から受けとらせていただきました。 今は皆様の好意に甘えさせていただき、前に向って進むことを考えております。
『宮古島パック』
地域的にこちらでは口にした事もない食材に興味深く食しました。
うに塩は我家で家業として 「焼うに」「塩うに」を作って販売していたので、
今年のうにはどうするんだろう・・・と
(うにの採取時期は5月~8月)
少し感傷的なりながら握りしめてしまいました。
皆様 ありがとうございました。」
wakaの報告3月29日(LOHAS DININGメールマガジン 2011Vol 10

遠藤家は南三陸町で水産加工を営み、平野さんはその娘さんで東京で
その加工品を広めるお仕事をなさっている。
若林氏の予約制レストランのお客様でもある。
報告は、若林氏が故郷に娘さんをお送りした時のものだ。
牡蠣の網が建物の屋上に絡まっている光景と、
お手紙のうに塩を握り締められたとの記述が胸にしみる。
しかし、こちらのものを食していただけた事、そして同じ物作りの者として、
いつか、きっと、物産交流できるであろうという希望も同時に灯っている。
台風後、ブログで、「どっこい、やはり、これからも自然にたくさん、力をいただいて、
おいしい作物や加工品を作っていくのだ!
そして、全国、世界と交流していくのだ!」といいきった。
そして、こんなコメント達をいただいて、その想いのレベルが上げ止まった。
「やられてもやられても立ち上がって作り直す。
島の人(もちろん近角さんも!)の強さに元気付けられます。」
http://herbvera.ti-da.net/e3067963.html#comments
昨日の畑で、ああ言い切ってよかったと思った。
昨日のローゼル畑↓

実は、台風2号後の復興期、梅雨が例年より2週間早く明けて、干ばつが来てしまった。
連日の強い日差し。
日が傾いてから、連日、散水を続けた。
何とか、本来の、夏に強いローゼルの底力につながりそうだ。
あのAYAさんの描画にも通じる、生命力!
希望は持つものだ。
遠藤さん、きっと、物産交流、そして、いつか、お互いの地で出会いましょう。

「この度の大震災への支援 大変ありがとうございます。
遠く宮古島からの熱い想い 若林様から受けとらせていただきました。 今は皆様の好意に甘えさせていただき、前に向って進むことを考えております。
『宮古島パック』
地域的にこちらでは口にした事もない食材に興味深く食しました。
うに塩は我家で家業として 「焼うに」「塩うに」を作って販売していたので、
今年のうにはどうするんだろう・・・と
(うにの採取時期は5月~8月)
少し感傷的なりながら握りしめてしまいました。
皆様 ありがとうございました。」
wakaの報告3月29日(LOHAS DININGメールマガジン 2011Vol 10
遠藤家は南三陸町で水産加工を営み、平野さんはその娘さんで東京で
その加工品を広めるお仕事をなさっている。
若林氏の予約制レストランのお客様でもある。
報告は、若林氏が故郷に娘さんをお送りした時のものだ。
牡蠣の網が建物の屋上に絡まっている光景と、
お手紙のうに塩を握り締められたとの記述が胸にしみる。
しかし、こちらのものを食していただけた事、そして同じ物作りの者として、
いつか、きっと、物産交流できるであろうという希望も同時に灯っている。
台風後、ブログで、「どっこい、やはり、これからも自然にたくさん、力をいただいて、
おいしい作物や加工品を作っていくのだ!
そして、全国、世界と交流していくのだ!」といいきった。
そして、こんなコメント達をいただいて、その想いのレベルが上げ止まった。
「やられてもやられても立ち上がって作り直す。
島の人(もちろん近角さんも!)の強さに元気付けられます。」
http://herbvera.ti-da.net/e3067963.html#comments
昨日の畑で、ああ言い切ってよかったと思った。
昨日のローゼル畑↓

実は、台風2号後の復興期、梅雨が例年より2週間早く明けて、干ばつが来てしまった。
連日の強い日差し。
日が傾いてから、連日、散水を続けた。
何とか、本来の、夏に強いローゼルの底力につながりそうだ。
あのAYAさんの描画にも通じる、生命力!
希望は持つものだ。
遠藤さん、きっと、物産交流、そして、いつか、お互いの地で出会いましょう。
Posted by ちかさん at
◆2011年06月22日23:54
画家金子義償氏夫妻来島
滋賀の福祉施設「一麦寮」の元寮長田村一二先生の後継者が吉永太市先生で、
両先生の下で、作られた寮生の粘土の作品群は、人や地の底からの声が聞こえてくる迫力があり、大変影響を受けた。
その吉永先生から、宮古島での金子義償氏の個展の案内状が届いた。
金子氏は1940年秋田生まれの洋画家で、
宮古島の透明な海を描ききるため、2009年1月宮古島に妻と共に移住。
島の浜々を自転車で巡り、紙漉きでキャンパスを作られ、2年後に作品が生まれはじめ、
この2011年4月に個展を開かれた。
個展には行けなかったが、お電話すると、4月14日、ご自宅のアトリエに招いてくださった。
作品の純粋さと共に、驚いた事は、氏の風貌が、祖父近角常観とそっくりだった事である。




夫妻に、是非、伊良部島に来ていただき、ご案内したいと思った。
6月初めには秋田に帰られるという事で、台風来襲の直前、ラストチャンスの5月26日、お迎えする事ができた。天気は晴れた!
写真を観ていただきたい。





祖父常観の写真をお見せした。
お笑いになった後、祖父の略歴をみて、祖父の亡くなった1941年に生まれ変わりのようにご夫妻が産まれたことに気が付かれた。妻悦さんは1941年生まれ。そして、義償氏は今、祖父の亡くなった71歳との事だった。
写真をお見せした後、記念撮影をすると、何故か、笑いがこみあげた。
その事を車を運転しながら話すと、「きっと、常観様も喜ばれておられるのですよ。やっと、会えたねって」と、悦さんがおしゃった。
これが祖父常観である。

義償氏と見比べて、似ているものの、眼が違うと思った。
常観の眼は憂いに満ち、義償氏の眼はやわらかい。
祖父の憂いは戦時中の時代への憂いであり、長男の戦死の悲しみでもあろうかと思う。
その憂いを経て、祖父を継いだ義償氏や孫の私の楽天性があるのだろう。
祖父の著書から、その言葉を記す。
「己の道が途絶えた時、はじめて、そのまま来れという仏の声が聞こえてくる。」
「かく一たび光をみたる以上は、おのおのが相食む代わりに、相照らす事ができる。」
義償氏は3歳で失聴、21歳で聾学校美術科中退。この頃、悦さんと出会われた。
以来、画業に専念。インド・ネパール放浪、2回。娘は2名。美術賞受賞多数。
しかし、その創作はとどまるところを知らない。
この日の海も、食い入るように、見入られていた。
鍋底から上がった時の言葉。「妻は観音様。今、はじめて言うけど」
海の光に照らされ、お互いの存在の光が照らされ、別れ際、
義償氏は、何度も「楽しかった」と言ってくださった。
私は、祖父にも出会えた思いがした。
伊良部島の自然から新たな芸術や人の中の光が灯ったら、
こんなにうれしい事はない。
両先生の下で、作られた寮生の粘土の作品群は、人や地の底からの声が聞こえてくる迫力があり、大変影響を受けた。
その吉永先生から、宮古島での金子義償氏の個展の案内状が届いた。
金子氏は1940年秋田生まれの洋画家で、
宮古島の透明な海を描ききるため、2009年1月宮古島に妻と共に移住。
島の浜々を自転車で巡り、紙漉きでキャンパスを作られ、2年後に作品が生まれはじめ、
この2011年4月に個展を開かれた。
個展には行けなかったが、お電話すると、4月14日、ご自宅のアトリエに招いてくださった。
作品の純粋さと共に、驚いた事は、氏の風貌が、祖父近角常観とそっくりだった事である。




夫妻に、是非、伊良部島に来ていただき、ご案内したいと思った。
6月初めには秋田に帰られるという事で、台風来襲の直前、ラストチャンスの5月26日、お迎えする事ができた。天気は晴れた!
写真を観ていただきたい。





祖父常観の写真をお見せした。
お笑いになった後、祖父の略歴をみて、祖父の亡くなった1941年に生まれ変わりのようにご夫妻が産まれたことに気が付かれた。妻悦さんは1941年生まれ。そして、義償氏は今、祖父の亡くなった71歳との事だった。
写真をお見せした後、記念撮影をすると、何故か、笑いがこみあげた。
その事を車を運転しながら話すと、「きっと、常観様も喜ばれておられるのですよ。やっと、会えたねって」と、悦さんがおしゃった。
これが祖父常観である。

義償氏と見比べて、似ているものの、眼が違うと思った。
常観の眼は憂いに満ち、義償氏の眼はやわらかい。
祖父の憂いは戦時中の時代への憂いであり、長男の戦死の悲しみでもあろうかと思う。
その憂いを経て、祖父を継いだ義償氏や孫の私の楽天性があるのだろう。
祖父の著書から、その言葉を記す。
「己の道が途絶えた時、はじめて、そのまま来れという仏の声が聞こえてくる。」
「かく一たび光をみたる以上は、おのおのが相食む代わりに、相照らす事ができる。」
義償氏は3歳で失聴、21歳で聾学校美術科中退。この頃、悦さんと出会われた。
以来、画業に専念。インド・ネパール放浪、2回。娘は2名。美術賞受賞多数。
しかし、その創作はとどまるところを知らない。
この日の海も、食い入るように、見入られていた。
鍋底から上がった時の言葉。「妻は観音様。今、はじめて言うけど」
海の光に照らされ、お互いの存在の光が照らされ、別れ際、
義償氏は、何度も「楽しかった」と言ってくださった。
私は、祖父にも出会えた思いがした。
伊良部島の自然から新たな芸術や人の中の光が灯ったら、
こんなにうれしい事はない。
Posted by ちかさん at
◆2011年06月10日11:41
被災地と被災地をつなぐ
2ヶ月に渡った取り組みを地元紙で報告する。
くしくも、このような表題になった。
被災地と被災地をつなぐ
「台風2号来襲の前にと思い、5月27日東北の被災地に宮古島から支援物資を送った。
最大瞬間風速50mの台風2号は厳しく、タバコ・オクラ・スイカ・マンゴー・パパイヤ・バジル・ローゼル・・・壊滅的打撃を受けている。農家同士悄然とした目を見合わせる事が多い。
思えば、この凶作は、昨年10月末の台風14号から始まった。1期のかぼちゃの幼葉・ローゼルの蕾等がやられた。しかし、まだ、半分の収穫はあった。
厳しかったのは、11月以降の種まきのかぼちゃと、2月種まきの2期のかぼちゃである。日照不足とバイラス病等の為に壊滅的だった。
その時期に行ったのが、4月18日(下地島市体験滞在交流施設)19日(宮古島ブレス)かぼちゃ料理の饗宴昼食会だった。宮古島のかぼちゃはこんなにおいしい事を皆で確かめたかったのだ。
11人の料理人がそれぞれ得意なかぼちゃ料理を計30種作り、2日間で、お客様105人の方に味わっていただいた。
カレー・サモサ(包み揚げ)・肉詰め・コンフィチュール・ピクルス・サラダ・揚げサンド・パスタ3種・スープ2種・ジェラート・ミルク煮・プリン・ジュース・水餃子・豆腐・サバ煮・種・ワタのスナック・焼き菓子等々。
かぼちゃと、スパイスや牛乳や酢等との相性のよさ、混ぜ方も良くわかった。
感想文をいただいた。
「・いろいろバラエティにとんだ料理 本当に美味しくいただきました ・料理人がそれぞれにかぼちゃと向き合って作ってくださったのがよくわかりました ・料理する人、耕して育てる人、それぞれのみなさんの食や食材に対する愛が伝わってきました ・宮古島にとっても、かぼちゃにとってもうるおいのあるイベントになりました ・すばらしい ぬちぐすり(命の薬)でした ・今までにないレシピ集つきなので、これを参考に作ってみます。・かぼちゃが、ますます好きになりました。・他の食材でもやってほしい。・地域のものを使い、被災地支援もし、 たくさんの人が笑顔になる素敵なイベントでした。」
同じく参加した東京の料理人の若林氏とは、この1年、東京と宮古島を食でつなぐイベントを4回やった。今回の企画中に大震災。氏は、15tトラックを運転し、東北に救援物資を運ぶ物流の仕事の傍ら、許可を得て自ら民間の支援団体を立ち上げ、直接主に宮城県南三陸町に必要な支援物資を届けてきた。
かぼちゃイベントのお客様の参加費からの5000円を若林氏に託し、4月28日、南三陸町に麺汁15ℓが届けられた。また、イベント当日募金箱には11,700円が集まり、宮古島産黒糖を送るプロジェクトにいかされた。
その後、お客様の参加費からのあと2000円を送料と新包装にあて、料理人のそれぞれの加工品11種を詰めて宮古島パックを作った。かぼちゃコンフィチュール・無添加クッキー2種・ドライトマトオイル漬け・ヤギカレー・ミックススパイス・うに塩・ハーブ茶・ローゼルコンフィチュール・手作りロウソク・植物画等。
送り先は、若林氏が支援活動の折、車でお客様を故郷にお送りした南三陸町の御実家とお寺さんだ。
全てを根こそぎ失った光景と、へたり込むお姿、力さえ感じられる笑顔の写真が深く印象に残っていた。
若林氏に宮古島パックを送った直後の台風2号で、宮古島そのものが、とりわけ、農業者が被災者になっていた。
台風通過の翌日、塩落としの水撒きをしながら、こんな時、元気のある食品を贈られたらうれしい!と思えた。
9年前の2003年宮古島台風の時、家が半壊、受けた支援が有難かったと、今回、宮古島パックと共に、ヤギカレーを60パック送ったのは元ちゃんだ。
合計約10万円相当だが、各加工品にこめられた、宮古の自然と人の気はきっと東北の人の力になると思う。
6月5日南三陸町に直接お届けの予定。
思い出そう、
宮古島の野菜の力・人の力を!
とりもどそう、
島の、東北の、日本の元気を!
悄然とした顔は、
呆れ顔の笑顔になり、
どっこい、やはり、これからも自然にたくさん、力をいただいて、
おいしい作物や加工品を作っていくのだ!
そして、全国、世界と交流していくのだ!」




体験滞在交流加工施設の畑
台風2号前ローゼル
台風2号後
←かすかな緑
水を撒く!
種入れ再び→
ローゼルをはじめて植えたのが
2000年。
今年が12年目になる。
この時期の台風の打撃は2回目。
丹精して、開花・収穫を目指す。
「それが僕たちの希望だ!」
今年は体験滞在施設での加工と共に、
ハーブ鑑賞・ハーブ料理・草木染
そして自然探訪の体験観光の充実も目指す!
↓2009年11月のローゼル畑!

Posted by ちかさん at
◆2011年06月01日00:57
│ハーブ畑
66全宮古マスターズ駅伝走路草刈
第66回伊良部探検隊 2011年5月13日2名・14日5名
伊良部陸上競技場外周2.2km駅伝走路草刈
メンバーで草刈三昧

かくして、ばっちり!
ありがたいメンバー!!

翌15日、約100名参集、
全宮古9学区対抗駅伝
30代から60代までの
年代別男女8名がたすきをつないだ!
私は2区、3位から5位に順位をおとすも、その後、伊良部長距離会のメンバーで踏ん張り、
結局、伊良部学区は4位!
楽しい!
前日の草刈で力を出し切った感がある。
でも、充実感!!
駅伝会会長平良耕次郎先生のゴールの雄姿!
70歳!
尊敬すべき、柔らかく、
温かい方だ!
こんな風に年とりたい!
第66回も、充実の地域貢献ができた!
やる時はやる!
伊良部探検隊が大好きだ!
追伸
・前回投機ゴミ拾いのウスバリアブ!
市の文化財係と環境保全係を3回案内、その後の処理・対策を引き受けてくれた。
・タイワンミーアブも福祉施設建設の私有地になっている事がわかり、保全の要請!
視察中、はじめて、裏舞台を拝む事ができた。5月13日
ひきつけられたー

・ヒーリングアイランド宮古島初参加。
4月30日・5月1日
ハーブをじっくり、味わってくださる方が多い!
心の中で響く金属の3本の棒の風鈴に出会った。
希望の次世代!⇒
その翌日、2万年前の心清き先祖レムリアンのヒーリングをする方が来島・案内。
ヌドゥクビアブに光が射した!

現実にブログが追いつけず、まとめて書くことに!
日々探検!!
あしからず
伊良部陸上競技場外周2.2km駅伝走路草刈
メンバーで草刈三昧

かくして、ばっちり!
ありがたいメンバー!!

翌15日、約100名参集、
全宮古9学区対抗駅伝
30代から60代までの
年代別男女8名がたすきをつないだ!
私は2区、3位から5位に順位をおとすも、その後、伊良部長距離会のメンバーで踏ん張り、
結局、伊良部学区は4位!
楽しい!
前日の草刈で力を出し切った感がある。
でも、充実感!!
駅伝会会長平良耕次郎先生のゴールの雄姿!70歳!
尊敬すべき、柔らかく、
温かい方だ!
こんな風に年とりたい!
第66回も、充実の地域貢献ができた!
やる時はやる!
伊良部探検隊が大好きだ!
追伸
・前回投機ゴミ拾いのウスバリアブ!
市の文化財係と環境保全係を3回案内、その後の処理・対策を引き受けてくれた。
・タイワンミーアブも福祉施設建設の私有地になっている事がわかり、保全の要請!
視察中、はじめて、裏舞台を拝む事ができた。5月13日
ひきつけられたー

・ヒーリングアイランド宮古島初参加。4月30日・5月1日
ハーブをじっくり、味わってくださる方が多い!
心の中で響く金属の3本の棒の風鈴に出会った。
希望の次世代!⇒
その翌日、2万年前の心清き先祖レムリアンのヒーリングをする方が来島・案内。
ヌドゥクビアブに光が射した!

現実にブログが追いつけず、まとめて書くことに!
日々探検!!
あしからず

Posted by ちかさん at
◆2011年05月25日01:03
│いらぶ探検隊
饗宴・裁判・文化財・・・
この1週間、
11料理人によるかぼちゃ料理の昼食会伊良部島会場・宮古島会場、
かぼちゃ農家不利益裁判、
市議会議員体験加工施設視察、
市文化財審議委員調査
があった。
詳細をこのブログに書きたいが、時間を要す。
一粒万倍島という10名によるリレー日記ブログの当番が今週で、
それらを書き連ねているので、ご紹介する。
コメントは、このブログへ。
一粒万倍島
11料理人によるかぼちゃ料理の昼食会伊良部島会場・宮古島会場、
かぼちゃ農家不利益裁判、
市議会議員体験加工施設視察、
市文化財審議委員調査
があった。
詳細をこのブログに書きたいが、時間を要す。
一粒万倍島という10名によるリレー日記ブログの当番が今週で、
それらを書き連ねているので、ご紹介する。
コメントは、このブログへ。
一粒万倍島
Posted by ちかさん at
◆2011年04月23日05:53
│伊良部島自然プロジェクト
65 竪穴洞窟ゴミ拾い
3月11日の地震津波の第一報以来、未曾有の大災害被害が広がっています。
被災の方々には、衷心より御冥福とお見舞いを申し上げます。
今、私達の生活、私達の社会のあり方が問われています。
その中での探検隊活動、今回は地球に向かって捨てられたゴミを粛々と拾いました。
また、東京のテレビ局の撮影の問合せには、大災害の傷みへの少しでもの癒しになればと考え、島の美しい自然の場を案内する事を確認しました。
第65回伊良部探検隊 2011年3月27日 参加者9名
牧山洞窟群は、琉球石灰岩を水が溶かす事によって形成されてきた竪穴洞窟(アブ)で、
牧山の台地に点々と8箇所ある。(市指定文化財)
深さと形状を記した断面図(1994年愛媛大学学術探検隊による調査結果)

ウスバリアブを真上から拝む。大きいつらら岩が望める。足場は悪い。

農道から、ウスバリアブに向かって投棄されたゴミの山。

小雨の中、粛々と拾う。ゴミ袋30。粗大ゴミ多数。
運送及び残り(約7割)は市環境保全係と地域作り課に届け、相談する。

8名で手打ち後、カナマラアブの木陰で休憩・会合。(畑のかぼちゃとジャガイモとハーブ)

参加者のタローさんのブログは迫力に満ちる!
http://jintv.net/blog/?p=4277
問合せがあった番組はテレビ東京「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」
(生きていく上で役に立つ、心が豊かになる、学校では教えてくれない教養や知識を楽しみながら学ぶ情報番組)
離島探訪・「島ダス」
http://www.tv-tokyo.co.jp/sokontokoro/
結果的には、今回の撮影は宮古本島になり、伊良部島は次回以降の候補という事になった。
せめて本ブログで、島の自然の場をお届けする。最後に大津波祈りの場。
大龍門上断崖からのリーフ海域(地球の美しさ)

鍋底・生まれ変わりの場(世の中の再生だ!)

渡口の浜

ヌゥドゥクビアブ

石筍

帯岩 下地島・240年前の1771年明和の大津波で打ち上げられた大岩・
高さ13m周囲60mの逆さノッチ岩。
明和の大津波・M7.4 高さ40m・最大川の奥で85mの津波・震源地の石垣で9312名・宮古で2548名の犠牲者
「国と国との和、島と島との和合の国結びの大神様」の場とされる。(『宮古島の記』)
正面から左回り奥の岩間に祈りの場がある。
2005年2月にぎわい塾(全国から40名参集)で祈った。
再び、祈りの時である。

被災の方々には、衷心より御冥福とお見舞いを申し上げます。
今、私達の生活、私達の社会のあり方が問われています。
その中での探検隊活動、今回は地球に向かって捨てられたゴミを粛々と拾いました。
また、東京のテレビ局の撮影の問合せには、大災害の傷みへの少しでもの癒しになればと考え、島の美しい自然の場を案内する事を確認しました。
第65回伊良部探検隊 2011年3月27日 参加者9名
牧山洞窟群は、琉球石灰岩を水が溶かす事によって形成されてきた竪穴洞窟(アブ)で、
牧山の台地に点々と8箇所ある。(市指定文化財)
深さと形状を記した断面図(1994年愛媛大学学術探検隊による調査結果)

ウスバリアブを真上から拝む。大きいつらら岩が望める。足場は悪い。

農道から、ウスバリアブに向かって投棄されたゴミの山。

小雨の中、粛々と拾う。ゴミ袋30。粗大ゴミ多数。
運送及び残り(約7割)は市環境保全係と地域作り課に届け、相談する。

8名で手打ち後、カナマラアブの木陰で休憩・会合。(畑のかぼちゃとジャガイモとハーブ)

参加者のタローさんのブログは迫力に満ちる!
http://jintv.net/blog/?p=4277
問合せがあった番組はテレビ東京「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」
(生きていく上で役に立つ、心が豊かになる、学校では教えてくれない教養や知識を楽しみながら学ぶ情報番組)
離島探訪・「島ダス」
http://www.tv-tokyo.co.jp/sokontokoro/
結果的には、今回の撮影は宮古本島になり、伊良部島は次回以降の候補という事になった。
せめて本ブログで、島の自然の場をお届けする。最後に大津波祈りの場。
大龍門上断崖からのリーフ海域(地球の美しさ)
鍋底・生まれ変わりの場(世の中の再生だ!)

渡口の浜

ヌゥドゥクビアブ

石筍

帯岩 下地島・240年前の1771年明和の大津波で打ち上げられた大岩・
高さ13m周囲60mの逆さノッチ岩。
明和の大津波・M7.4 高さ40m・最大川の奥で85mの津波・震源地の石垣で9312名・宮古で2548名の犠牲者
「国と国との和、島と島との和合の国結びの大神様」の場とされる。(『宮古島の記』)
正面から左回り奥の岩間に祈りの場がある。
2005年2月にぎわい塾(全国から40名参集)で祈った。
再び、祈りの時である。

Posted by ちかさん at
◆2011年03月31日08:20
│いらぶ探検隊
命を守る
宮古毎日新聞コラム・ゆみメール⑯(2011・3・24掲載予定)
命を守る 近角敏通
1月23日から、義母との同居が始まった。
悠が産まれた7年前の10月の前月に、妻の父が亡くなって以来、愛知県で一人暮らしだった。
この度、声をかけると、応じてくださった。
お迎えした頃、悠が言った。「生活が新たに深まる感じだね。」
果たして、その通りになった。
義母の言う主な言葉は、「ありがとう」「ご苦労さん」。
励まされながら、カボチャの収穫出荷も、ハーブ畑の引越し・加工も、農業動態調査も、探検隊海岸清掃も、伊良部マラソンも、農家不利益裁判も乗り切ってきた。
しみじみと4人でご飯を食べ、暮らし、客人もよりしっかりと迎えている。
母はからだにきつい所があって、宮古島の3人の医者に診ていただいた。
これまでも、宮古島の医者には、大変世話になっている。最新技術で説明と完治してくださる歯医者、逆子で二重にへその緒が巻いていた悠を帝王切開で取り上げてくださった産婦人科医。
今回は、耳鼻科医・精密な聴力検査で「まだまだ聴こえるはずです。圧をかけて耳鳴りはとめましょう。」
眼科医・2年前の眼底出血の残りの血管を、レーザーで処置してくださった。
整形外科医・膝の軟骨がない・歩行困難の可能性。「半年のうちに人工関節置換手術をすれば、後30年歩けます。」
命を守る医療とはこの事だ。
その眼科医のテレビで、東日本大震災の初期の津波の映像を観た。
未曾有の大惨事に広がってきている。
「命を守る」事が大切だ。
自衛隊は、これを機に、その大半の役割を災害救助に向けて、災害救助隊としたらいい。
松島自衛隊基地の戦闘機は津波で壊れてしまった。
F2戦闘機・一機120億円×18機≒2000億円余の損失だ。
これは、人命救助・復興のヘリコプター・重機及び人材・生活基盤支援等命を守る為に向けるべき予算だった。今後もだ。
戦闘機は、この災害には何もできず、自ら逃げる事もできず、むしろ、戦闘という、このような町や人命の破壊をこそ、使命としているのだ。
国々の緊急援助隊が来てくださっている。
お互いの災害救助こそ、最も確かな、実質的な安全保障だ。
再び起きている伊良部の軍事基地誘致の動きを憂慮する。6年前、自衛隊誘致を白紙撤回した時の住民の問いに答えていただきたい。
隣国を敵視し、住民をその基地被害にさらす事につながる軍事化には絶対反対だ。
屋良平和覚書は要だ。
自然の神様の言葉が聴こえる。「世界全体、命を守る事に一心になりなさい!」
解説)
この3月,伊良部で、下地島に自衛隊を誘致する会ができた。
3月13日、伊良部の7自治会の 一つの突然の総会で自衛隊配備決議をあげた。
屋良覚書・・・1971年、沖縄に本土復帰の前年、住民運動を受けて、下地島空港の非軍事利用を、国と琉球政府(沖縄県)が約束した覚書。今日まで、確かな防波堤になってきた。
地震兵器の可能性も調べたい。
アメリカは既に先の日米戦争中に計画実施寸前だったとの事。現在、その技術は最新化している。
3月17日〆切の原稿である。
コメントにより、さらに推敲したい。
命を守る 近角敏通
1月23日から、義母との同居が始まった。
悠が産まれた7年前の10月の前月に、妻の父が亡くなって以来、愛知県で一人暮らしだった。
この度、声をかけると、応じてくださった。
お迎えした頃、悠が言った。「生活が新たに深まる感じだね。」
果たして、その通りになった。
義母の言う主な言葉は、「ありがとう」「ご苦労さん」。
励まされながら、カボチャの収穫出荷も、ハーブ畑の引越し・加工も、農業動態調査も、探検隊海岸清掃も、伊良部マラソンも、農家不利益裁判も乗り切ってきた。
しみじみと4人でご飯を食べ、暮らし、客人もよりしっかりと迎えている。
母はからだにきつい所があって、宮古島の3人の医者に診ていただいた。
これまでも、宮古島の医者には、大変世話になっている。最新技術で説明と完治してくださる歯医者、逆子で二重にへその緒が巻いていた悠を帝王切開で取り上げてくださった産婦人科医。
今回は、耳鼻科医・精密な聴力検査で「まだまだ聴こえるはずです。圧をかけて耳鳴りはとめましょう。」
眼科医・2年前の眼底出血の残りの血管を、レーザーで処置してくださった。
整形外科医・膝の軟骨がない・歩行困難の可能性。「半年のうちに人工関節置換手術をすれば、後30年歩けます。」
命を守る医療とはこの事だ。
その眼科医のテレビで、東日本大震災の初期の津波の映像を観た。
未曾有の大惨事に広がってきている。
「命を守る」事が大切だ。
自衛隊は、これを機に、その大半の役割を災害救助に向けて、災害救助隊としたらいい。
松島自衛隊基地の戦闘機は津波で壊れてしまった。
F2戦闘機・一機120億円×18機≒2000億円余の損失だ。
これは、人命救助・復興のヘリコプター・重機及び人材・生活基盤支援等命を守る為に向けるべき予算だった。今後もだ。
戦闘機は、この災害には何もできず、自ら逃げる事もできず、むしろ、戦闘という、このような町や人命の破壊をこそ、使命としているのだ。
国々の緊急援助隊が来てくださっている。
お互いの災害救助こそ、最も確かな、実質的な安全保障だ。
再び起きている伊良部の軍事基地誘致の動きを憂慮する。6年前、自衛隊誘致を白紙撤回した時の住民の問いに答えていただきたい。
隣国を敵視し、住民をその基地被害にさらす事につながる軍事化には絶対反対だ。
屋良平和覚書は要だ。
自然の神様の言葉が聴こえる。「世界全体、命を守る事に一心になりなさい!」
解説)
この3月,伊良部で、下地島に自衛隊を誘致する会ができた。
3月13日、伊良部の7自治会の 一つの突然の総会で自衛隊配備決議をあげた。
屋良覚書・・・1971年、沖縄に本土復帰の前年、住民運動を受けて、下地島空港の非軍事利用を、国と琉球政府(沖縄県)が約束した覚書。今日まで、確かな防波堤になってきた。
地震兵器の可能性も調べたい。
アメリカは既に先の日米戦争中に計画実施寸前だったとの事。現在、その技術は最新化している。
3月17日〆切の原稿である。
コメントにより、さらに推敲したい。
Posted by ちかさん at
◆2011年03月15日00:34
│新聞コラム等



